北畠氏
館跡庭園

室町時代に造られた北畠氏館跡庭園は、枯山水と池庭で構成され、コケやモミジなどの自然と調和した美しさで知られる。室町幕府で管領を務めた細川高国の作とされ、戦国武将が手がけた素朴で力強い石組みが見どころ。「日本三大武将庭園」の一つで、国が名勝に指定した歴史的な名園だ。
うつろう
石の声

枯山水
枯山水の中心石は高さ約2メートルあり、その周囲に小さな庭石が渦巻き状に20個近く配置されている。
中心に王者の風格を備えた石がそびえ立ち、これを取り巻く庭石は教えを聴くように見えることから、中心石は「孔子岩」と呼ばれる。
あるいは中心石を、「阿弥陀如来」が舞い降りた姿になぞらえる庭園の専門家もいる。
周りの庭石は音曲を奏でながら、阿弥陀如来に付き従う25の菩薩との見立てだ。
戦国武将は常に死と隣り合わせで、自らが臨終を迎えた時に極楽浄土に導いてほしいとの願いを込めたとも考えられている。
最も高い孔子岩を中心に、渦巻き状に配置された枯山水
最も高い孔子岩を中心に、渦巻き状に配置された枯山水
枯山水の石組みを真上から見ると、渦巻き状の配置が分かる
枯山水の石組みを真上から見ると、渦巻き状の配置が分かる
池庭
池庭は「米字池(こめじいけ)」と言われるように、池の護岸が複雑に入り組んで、出入りの多い地割となっている。
護岸に据えられた石は大きく堅牢で、作庭から500年近く風雪に耐え、池を抱いて守ってきた。
谷川から流れ込む池の水は透明で澄んでおり、コイが優雅に泳ぐ姿が見られる。
満月の夜には月の明るい光が池の水面に反射し、庭を明るく照らすという。
池の奥にはこんもりと土を盛った築山がある。緩やかな稜線を描く築山の向こうには、局ケ岳(つぼねがだけ)の雄大な山並みが広がる。
今では築山の杉が大きく育ち、庭から周囲の景色は見えづらいが、作庭当時は庭園の築山に遠く局ケ岳の山並みを重ねて借景を楽しんでいたのだろう。
「米字池」と呼ばれる複雑な池の護岸を形作る石組み
「米字池」と呼ばれる複雑な池の護岸を形作る石組み
北畠神社
南北朝時代から室町・戦国時代にかけて伊勢国司として隆盛を誇った北畠氏を祭る神社。
初代伊勢国司として南朝に尽くした北畠顕能(あきよし)を主祭神とする。
顕能は1342(興国3)年にこの地に戦略上の拠点として霧山城を築き、その後ふもとに居館を建てた。
北畠氏は9代200年以上にわたり伊勢国司を務めたが、1576(天正4)年に天下制覇を狙う織田信長によって滅ぼされた。
神社は滅亡後の1643(寛永20)年に一族の末裔(まつえい)が供養のために小さなほこらを設けて北畠八幡宮と呼んだのが始まり。
明治期に北畠神社と改称し今に至る。
北畠神社
北畠神社
北畠神社入り口に立つ鳥居
北畠神社入り口に立つ鳥居
庭園を鮮やかに彩る紅葉
庭園を鮮やかに彩る紅葉
米字池で優雅に泳ぐコイ
米字池で優雅に泳ぐコイ
雨にぬれてつややかなモミジの葉
雨にぬれてつややかなモミジの葉
北畠顕家公の像
北畠顕家公の像
複雑に入り組んだ「米字池」に差し込む朝日
複雑に入り組んだ「米字池」に差し込む朝日
毎年紅葉の時期に行われるライトアップ
毎年紅葉の時期に行われるライトアップ
庭園を歩く北畠神社宮司の岡みどりさん
庭園を歩く北畠神社宮司の岡みどりさん
絵にうつし石をつくりし海山を後の世までも目かれずや見む。作庭者とされる室町幕府管領細川高国(1484~1531年)の辞世の句が庭の入り口に掲げてある。都で血で血を洗う権力争いに明け暮れ、果ては捕らえられ自害を余儀なくされた武将がなぜこんな郊外で庭づくりをといぶかしんだが、高国の娘が嫁いだ伊勢国司北畠晴具を頼って1529年からしばしこの地に滞在したのだという。
「米字」と形容される入り組んだ形の池の東側に作られた枯山水は、高さ2メートルほどの立石を中心に十数個の石がらせん状に配されている。立派な人を囲んで人々が話に聴き入っているようにも見えることから、中央のこの石は「孔子岩」とも呼ばれる。
「琴橋」を渡って庭を一周する。普通に歩くと10分もかからないが、場所ごとに変化する苔の光り具合や、杉やカヤの大木の陰に岩々が和す光景に心を奪われていると、つい歩みは遅くなる。
「妖艶な」だったり「豪放で野性的」だったりと、ガイドブックによって180度異なる紹介をされている枯山水だが、見る場所や時間によって表情がどんどん変化するそのさまに「きっとどの表現も当たっているのだろう」と思えてくる。
さて、自分ならどう表現しようか。ふと「世に石ほど憂鬱なものはない」という一節が浮かぶ。だれの言葉だったか…。
室生犀星が「庭をつくる人」という随筆で「わたくしは世に石ほど憂鬱なものはないと思うてゐる。あゝいふ寂しいものを何故人間は愛で慕ふのであるか」と問い「石が寂しい姿と色とをもってゐるから人間は好きになれる」とも書いている。
「来世でも目を枯らさずに見よう」と庭への深い愛着を語った高国の辞世と犀星の「寂しい」という人の本質を語った言葉が響き合う。次はどんな姿で、何を語りかけてくるのか、またあの枯山水の前にたたずんでみたい。
文・中山敬三
写真 動画・森研人、板津亮兵、白石亘

アクセス
三重県津市美杉町上多気1148
【公共交通】
JR名松線「伊勢竹原」駅から「丹生俣」行き市営バスにて40分「北畠神社前」下車
【自家用車】
伊勢自動車道「久居IC」から国道165号・県道15号久居美杉線経由、車で60分
【開園時間】
午前9時~午後4時30分(年中無休)
【入園料】
300円
【問い合わせ】
059-275-0615