永保寺庭園

 

永保寺庭園は、岩山や滝などもともとあった地形を巧みに生かして「自然の中の悟りの場」として造られた。鎌倉時代の高僧・夢窓国師(むそうこくし)が修行の地を求め、人里離れた景勝地だった当地に庵を結んだのが始まりだ。

この庭園が造られた時代は毛越寺(もうつうじ、岩手県平泉町)など平安時代の浄土庭園から、鎌倉時代の禅庭園(ZEN GARDEN)への移行期に当たり、京都の西芳寺、天龍寺で夢窓国師が完成させた禅庭園の原風景と言える。

庭園の面積は5万1千平方メートル。国宝の建造物がある国名勝庭園としては日本一の広さを誇る。

聖と俗の

幽境

無際橋と観音堂

永保寺庭園のシンボル。池に架かる反り橋は「無際橋(むさいきょう)」と呼ばれる。

この橋を渡ると、私たちのいる世界(此岸)から、悟りの世界(彼岸)に入ることを意味する。

悟りの世界を象徴するのが、檜皮(ひわだ)ぶきの屋根が特徴の仏殿「観音堂」だ。

夢窓国師が手がけた唯一現存する建築物で、1952年に国宝に指定された。

観音堂の内部には「聖観世音菩薩坐像」(通常非公開)がある。仏像を納める厨子(ずし)は、川で拾い集めた流木でできている。

流木に漆喰を塗り固めて固定し、岩のなかにできた洞窟である岩窟(がんくつ)をイメージしている。

夢窓国師は岩窟でよく座禅を組んで修行をしたとされ、岩窟式厨子が造られた。

寄せ集めた流木の一本一本を煩悩に見立てており、煩悩を少しずつ取り除いていけば、中心には仏としての「清浄な心」があることを示している。

池に架かる無際橋。この橋を渡ると、此岸から彼岸に入ることを意味する

池に架かる無際橋。この橋を渡ると、此岸から彼岸に入ることを意味する

観音堂にある聖観世音菩薩坐像(通常非公開)

観音堂にある聖観世音菩薩坐像(通常非公開)

梵音巌

人里離れた景勝地を好んで永保寺を造った夢窓国師は「ただ水音が聞こえるのみ」と書き残している。

庭園の東には土岐川が流れ、園内にある岩山「梵音巌(ぼんのんがん)」では岩肌を伝って滝が流れ落ちる。

梵音巌は「仏の声を発する清浄な岩」を意味している。夢窓国師は滝の水音を聞きながら修行に励んだのだろうか。

梵音巌(左)の岩肌を伝って流れる滝の音は仏の声に例えられる

梵音巌(左)の岩肌を伝って流れる滝の音は仏の声に例えられる

臥龍池

庭園の中心にある大きな池は臥龍池(がりょういけ)と呼ばれる。臥龍とは「いつか雨雲を得て天に昇るが、今は伏している龍」のこと。

修行道場でもある永保寺では多くの若い僧侶が日夜厳しい修行に励んでおり、やがて龍のように大成してほしいとの願いを重ねている。

池の周りのカエデは春は新緑が、秋は紅葉が美しい。

庭園の中心にある臥龍池

庭園の中心にある臥龍池

まだ空が暗い早朝。現世とあの世を結ぶという反り橋「無際橋」の上に立つ。橋を渡りきった彼岸には、聖観世音菩薩坐像を祀ったお堂があるはずだが、その堂は闇の中。

そばの滝から「臥龍池」に落ちる水の音だけがはっきりと聞こえる。さらに耳を澄ますと庭の近くを流れる土岐川の川音が聞こえてきた。

雲水たちに修行の始まりを告げ、出頭を促す、やわらかい太鼓の音が暗がりに響く。開山以来ここが修行の場であることを改めて心に刻んでいると、空が明るくなり、イチョウやカエデ、池のコイが鮮やかな色を取り戻し始めた。

奥州や常陸国で修行を積み、悟りを得たのちも、行雲流水の旅を続けた夢窓国師が、美濃のこの地を訪れたのは1313年と伝わる。

「四隣に人無く、三五里ばかり山水の景物、天、図画を開く幽致なり」と喜び、生涯で初めてとなる作庭を手がけた。「梵音巌」から臥龍池に流れ落ちる滝水は、岩に刻まれた溝に従い幾筋にも広がり、その飛沫(ひまつ)がこの世とあの世を往来する橋上の人へも届くかのようだ。

橋のたもとに「古くなった欄干に体重をかけて落ちないように」と呼びかける立て札がある。別の場所には「ギンナン拾いを希望される方は申し出ること」との張り紙も。とても親切な心配りに、厳格な禅寺のイメージが覆されていく。

散歩に来た小型犬と男性が無際橋に向かう。喜々として反り橋を上っていく犬を笑顔で見つめるツアー客。「山水(庭)をめでることと修行とを分けてはいけない」と諭したという夢窓国師は、この光景をどのようにご覧になるだろう。

「余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。…悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた」。「病牀(びょうしょう)六尺」にある正岡子規の言葉に強く共感する。

凡俗の身でなんともおこがましいが、国師もこの庭の明るさに微笑を禁じ得ないのではなかろうか。

  文・中山敬三

写真 動画・小沢徹、板津亮兵

アクセス

岐阜県多治見市虎渓山町1-40

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東鉄バス小名田線「虎渓山」停留所下車、徒歩5分

【自家用車】
中央自動車道「多治見IC」から車で7分

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午前7時~午後5時

【入園料】
無料

【問い合わせ】
0572-22-0351