江馬氏館跡庭園

江馬氏は飛騨北部を治めた戦国武将で、飛騨の雄大な山並みを借景として取り込んだ壮大な庭を手がけた。発掘調査で戦国期の庭石のほか、武家屋敷の遺構が確認され、約500年前の景観を忠実に復元した庭園が整備された。
戦国期の庭園と武家屋敷をセットで整備した全国で唯一の事例で、2017年に国の名勝に指定された。
お国自慢を凝縮

武士のおもてなし
青々とした夏空に飛騨の雄大な山並みが映える。手前の庭は苔の緑が鮮やかで、力強い石組みが目を引く。
庭石はこぶし大から人の背丈ほどの大きさまで数百個に上り、地元産の花崗岩などが使われている。
庭に面した建物である会所は、接待や儀式を行う迎賓館の役割を果たし、建物の造りは京都の武家文化の影響が見られる。
江馬氏は会所に武士や高僧ら客人を招き、自然と一体化したような庭の景色と料理でもてなした。
土塀越しに見える観音山の頂上からは、四方八方に延びる山の尾根が見渡せる。
山の頂上には傘松(からかさまつ)城が置かれ、敵が近づいてきたときにいち早く知らせる重要な軍事拠点でもあった。
接客の間の隣に位置する月見台
接客の間の隣に位置する月見台
主人の居間
主人の居間
山並みと庭石
会所から南方向を眺めて、左手に見える山の頂上には高原諏訪城が置かれた。
有事の際に武士らが詰める山城だ。手前の庭に視線を落とすと、庭園の中心となる立石があり、山をかたどったような形をしている。
この立石の横に一列で並ぶ背の低い庭石群は、枯池の護岸をなすと同時に、土塀越しに望む飛騨の山並みをイメージした形をしている。
江馬氏は本能寺の変が起きた1582年にライバルの三木氏に敗れ、滅亡したとされる。
高原諏訪城跡の本丸跡には「江馬侯城趾」と書かれた石碑が立っている
高原諏訪城跡の本丸跡には「江馬侯城趾」と書かれた石碑が立っている
大小さまざまな石が並ぶ庭園
大小さまざまな石が並ぶ庭園
庭園の水たまりで水浴びするセキレイ
庭園の水たまりで水浴びするセキレイ
来場者を迎える主門
来場者を迎える主門
土塀に囲まれた庭園
土塀に囲まれた庭園
庭園に突き出した月見台
庭園に突き出した月見台
高原諏訪城跡から見下ろす江馬氏館跡庭園
高原諏訪城跡から見下ろす江馬氏館跡庭園
月見台からは周辺の山々が見渡せる
月見台からは周辺の山々が見渡せる
俯瞰した庭園
俯瞰した庭園
発掘調査では珠洲焼が出土している
発掘調査では珠洲焼が出土している
夜になると主門の上空には星空が広がる
夜になると主門の上空には星空が広がる
水田から頭を突き出す五つの石を地元の人々は「江馬の殿様の庭石」「御花石」と呼び習わしてきたという。
1970年ごろ、鉱山開発によるカドミウム汚染で休耕田になっていた岐阜県神岡町(当時)の水田一帯に土地改良を施す計画が持ち上がった際、この伝承を無視できないと考えた町役場職員がいた。文化財担当だった都竹清隆さん。都竹さんは「庭ひとすじ」の著者森蘊・庭園文化研究所長に手紙を書き、来町を請う。試掘調査で現れた景石群を森さんは「室町時代の庭園様式に比定される」と評価。この見解が、庭園と会所の復元整備に至る道筋をつくった。
会所から眺める庭園
会所から眺める庭園
2人の功績は、三好清超さんの著書「中世武家庭園と戦国の領域支配 江馬氏城館跡」に詳しい。さらに「出土した墨書土師器皿の年代から庭園がつくられた年代を位置づけ、土層の検討から庭園に接続する会所建物が庭園と同時につくられたことを示し」、16世紀初頭に庭が完成したとする説を確立した渡辺(旧姓大平)愛子さんの発掘調査(2000~09年度)での功績も称揚している。
庭木と特定できる樹種や樹痕が調査で確認できなかったことから、あえて樹木を植えず、石と芝生のみとした庭は、学究の徒たちの見識が伝わってきて、いっそすがすがしい。石の庭なのに、堅苦しさを感じないのは、観音山など周囲の山々が借景となっているからだろうか。
飛騨の雄大な山並みを借景として取り込んだ江馬氏館跡庭園。力強い立石は山に似た形をしている
飛騨の雄大な山並みを借景として取り込んだ江馬氏館跡庭園。力強い立石は山に似た形をしている
飛騨市教育委員会の大下永学芸員は平安時代に編さんされた「作庭記」に着目する。「国々の名所をおもひめくらしておもしろき所々をわかものになして…」と記す同書にならって、自らが治める高原郷の景観を庭園に凝縮させ、家臣や賓客に示した可能性について言及している。
大下さんの推察を頭に入れ、会所の西側から観音山を眺める。山によく似た形状の景石が、確かに手前の庭に据えられている。縁側とほぼ平行に配された青みがかった変成岩のホルンフェルスが、街を流れる高原川を表すかのように見えてくる。お国自慢で人をもてなした江馬の殿様への好奇心がむくむくとわいてきた。
文・中山敬三
写真 動画・板津亮兵、布藤哲矢

アクセス
岐阜県飛騨市神岡町殿573の1
【自家用車】
高山市街より国道41、471号経由で約60分
富山市街より国道41、471号経由で約60分
JR飛騨古川駅より車で約30分
【営業時間】
午前10時~午後4時(入館は午後3時30分まで)
【休業日】
12月1日~3月31日(冬期休館))
【料金】
<一般> 大人:200円
<団体> (20人以上)大人:160円
※高校生以下無料
【問い合わせ】
0578-82-6001